虚構の女

生き辛さにもがいてる自分が愛おしい。慶應大学に通ってます。 

東京で生きる意味①

当時高校生の私はぼろぼろ泣いていた。

去りゆく丸の内の風景を後に。新幹線の中で泣いた。

 

とにかく泣いた。

 

私は地方で育った。水も空気も美味しく、温暖な気候だからか人も温かい。

そこでの時間はとても呑気に動いていた。

 

高校生のある日、私は家族と東京観光に行った。お上りさんよろしく、渋谷の人混みに目を輝かせ普段経験することのない満員電車の中ではもはや恍惚の表情を浮かべていた。

見かねた母親に

みっともないからキョロキョロしないで、と言われたのを記憶している。

 

なんやかんやで観光と買い物をし帰りの新幹線に乗ったが、窓から広がる丸の内の光景を前に目を見張ってしまった。

 

林立している超高層ビル、忙しく歩きまわるスーツの群衆

 

ここでは私のことなんて誰も気にしない。すでにこんなにもビルがあるのに更に建設工事をしている。

 

これは同じ日本なのだろうか? 驚くようなスピードで街や人が動いている。

正直ショックだった。今までの人生を無駄に過ごしてしまった気がして。なんて単調な毎日を送ってきてしまったのだろう。なんて呑気だったんだろう。

 

しかし、同時にどうしようもなく感動した。

これぞ世界の政治、経済、文化の中心地TOKYOなのだと。

New York   Paris  Londonと肩を並べる世界都市の姿は輝いていた。それを前にして田舎の女子高生はあまりにも無力だった。

 

涙が溢れる。鼻筋を通り、遂に口に到達した。

このしょっぱさは、無力感、虚無感、悔しさの味がした。

 

そして誓った。

またこの街に戻って戦ってやるんだ、と。

 

こうして私は東京の大学を目指すに至ったのだった。