虚構の女

生き辛さにもがいてる自分が愛おしい。慶應大学に通ってます。 

若いということ

それなりに頭が良くて、それなりに容姿も端麗で、それなりにスタイルが良い。

 

私は都内の女子大生である。自分で言うのもあれだが、結構モテると思ってる。1対1で30分ほど話をしたら9割の男性は好意を持ってくれるだろう。いや、実際そうなのだ。

 

これ、と言った突出したものはないけれど、特別劣ってる点もない。

つまり私は総合力の女なのだ。バランスタイプ。

 

しかし、意地悪なおばさまは言うだろう。

「30を過ぎたら男性は面白いくらい誘ってくれなくなるよ。いくら若いころちやほやされてた美人でも。」

資生堂のCMで”25歳からは女の子じゃない”というキャッチフレーズがあったが批判の対象になった。

 

今の自分の”モテ”は虚構のものなのだろうか。ただ若い、それだけでちやほやされているのだろうか。

毎食ディナーはいくらでも男性がおごってくれる、月の半分は客単価1万円以上の料理を食べてるだろう、国内、海外旅行だって自分のお金でしたことないし欲しいものは頼めば買ってくれる。

どれもこれも身分証明書に印字されている年齢の数が小さいってだけで享受したにすぎないのか。

 

認めなければいけない事実、しかし認めたくない。今までの自分が全否定されるようではないか。

だから私は歳をとるのが怖い。

 

あまりにもただ若いってだけで恩恵を受けることが多すぎる。特にこの国は。

昔は無邪気に100歳まで生きたい!なんて言ってたが、とてもじゃないけど今は言えない。

老いが怖い。それは見た目の劣化の問題ではなく、社会の扱いが、老いた自分を見る社会の目が。

 

生きたくても生きれない人間がこの世にはいる。

しかし、不謹慎ながら若くて綺麗なうちにぽっくり愛されながら死んでしまうのもありだと思う今日この頃であった。